| 第2章 ジャンボ・鶴田のレスリング理論と実際
第1節 −プロレスリング世界への入門―
私が1972年9月にオリンピックから帰ってきてプロレスから誘いがあった。しかし卒業するまで待ってもらうことにした。その後のアマレスの試合に対し、すでに私の精神が切れてしまっていた。というのは、1972年9月16日に父が亡くなり、自分の生活は自立しなければならず、自衛隊体育学校に入り、次の4年後の五輪を待つべきか、メダルの手の届きそうな所まで競技成績を上げるべきか考えたが、今誘いのあるプロレスの社会に入り、八田会長の「プロが栄えればアマも栄える」のアドバイスを受けることにした。プロでスーパー・スターになり、野球と同じようにレスリングの人気をつくり、レスリング人口を増やす役目を担う。中大のレスリング部監督また先輩、友人に相談をし、最後は自分の人生だから自分で悔いのないように決めようと思った。もちろんまた自衛隊体育学校での大学卒の生活内容、経済的余裕なども調べ、それからの生活設計も考え、比較検討をした。そして私は未知の世界、これからどうなるかわからないが努力すればスーパー・スターの可能性のあるプロの世界を選んだ。もし素質があるのならばダイヤモンドの原石が磨かれて本当のダイヤモンドになるように、努力してみようと思った。そうすれば道は開けると考えたのである。
プロレスラーになることを決めたわけだが、私がオリンピックで力を出し切ってメダルに手が届いていたらどうだったのか。ミュンヘンの時はたった3年間のレスリング生活であったけれども、国際ルールに馴染んでいればまた違ったオリンピックになっていたのではないかと思う。強い国はソ連、東ドイツ、
東ヨーロッパである。日本の相撲部屋でいえば、強い力士が多くいる部屋と関取のいない部屋の差である。また強い部屋はいろんなタイプの力士がいるので癖とか、いろんな練習ができる。私の場合には練習相手がいないということ、国際大会に出るために、ソ連、ヨーロッパまでの経済的な条件、受け入れ大学の条件などがととのっていなかった。自分がほんとうにやりたかったら向こうに留学して、同じ重量
級がたくさんいる環境のほうが強くなったと思うし、日本でやっているよりも強くなったと思う。
現代のアマレスの選手はそういう国際試合の経験を積みやすいのではないかと思う。早稲田大学の大田章選手はロサンゼルス、ソウル五輪銀メダル(フリー90キロ級)など、日本も体格が上がってきたので、重量
級が強くなってきた。アメリカ、カナダに留学したり、レスリングでは高校時代からアメリカの選手が日本の家庭に泊まって試合をしたり日本の選手がアメリカ人の家庭に泊まって試合をしたり、交流できるようになり相互ともに強くなってきている。
第2節 プロレスラー鶴田友美の世間の偏見への挑戦
アメリカにおける修行時代、プロレスのテキストと技の修得のアマチュア・レスリングから、スムーズに入ったわけではない。自然に入ったのでなく、ためらいもあった。アマチュア・レスリングが終わったら、次にまた違う人生に挑戦したい。しかしプロレスに入った。そのためらいは何だったのか。そのころの自分自身を振り返って考えてみたい。
私は最初プロレスはスポーツと違い、大新聞・テレビでは報道しないし、マスコミは普遍的、本質的価値があるスポーツでなく、人工的に作られたエンターティメント・スポーツだとイメージしていた。それでスムーズにプロレスの世界に入れなかった。アマチュア・レスリングの競技歴がたった3年間のため、もう1回オリンピックに出て本当の実力を試したいという気持ちもあったからである。しかし、1972年9月16日父の死で自分のことは、自分自身で人生に挑戦しようと思い、世間の人々のプロレスに対する偏見、観客のプロレスに対する評価などが私の心の中で葛藤した。大学の監督、先輩、マスコミなどにアドバイスをうけたが、最後は八田一郎会長の「プロが栄えれば、アマも栄える」アマチュア・レスリングのプレイ人口を増やすためにプロで成功すればプレイ人口が増えると言われ私は決めた。
例えば、日本サッカーからJリーグになり、海外のスーパー・スターたちが集まり、かつてのスーパー・スターたちの一流プレイがサッカー人口を急激に拡大し、そしてその広がりの中から21世紀を担う選手達が輩出してきている。ジーコ選手のように、資質に恵まれた最高の経験を持つ人達が、日本に集まってきた。例えばスーパースターのジーコ選手が鹿島アントラーズのシンボルを作り、そのシンボルをアイデンティティとして鹿島はこれから伝統を作っていくものと思う。このシンボルやアイデンティティは時代とともに受け継がれていく。プロレスでもアマチュア・レスリングのプレイ人口を増やす役割があり、それをフィード・バックすることが、むしろこれからの仕事なのではないか。まだまだ世間の偏見が強いが、世間の偏見を取り払い古代ギリシアのようにスポーツの中心価値にするには、このレスリングの
プレイ人口を増やす方法の開発と展開をしなければならないと考えられる。
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