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第6節 古代ギリシアの彫刻、絵、壺から現代プロレスのジャンボ鶴田の技の分析
「1」 プロレスに組み手からコブラ・ツイストに変化、そのあとグランド・コブラへ移
行するとこのような体勢になる。 ギリシアの彫刻はその絵を見て、技が本当に効いているかどうかレスリング選手であった私には判る。相手の腰に重心をあびせて動きを止め、さらに立てなくするために左足を殺している。完璧にコントロールしつつ、攻撃をゆるめない。左足を殺し、同時に右腕を殺すという技術は寝技の基本である。攻められた側はつま先を立て、相手のコントロールに任せず、虎視眈々と反撃の機会をうかがう様子は、名のあるレスラーを感じさせる。この体勢から相手の右腕をロックし、裏返しにして首をインディアン・ロックして「グランド・コブラ・ツイスト」や「トウ・ホールド」に入りフォールする。また相手の右腕を離し、もちかえて「股裂き」に変えてフォールする。以下ギリシアの芸術作品を例にとり、それがどのような美的論法を有しているのか、私自身の経験から比較分析を行なってみる。
フュレンツェ・ウフィッツイ美術館蔵。
「2」 107闘うレスラー 青銅 エジプト出土 ローマ時代 アテネ国立考古学博物館AIG2547(ディミトリウー・コレクション)
中空でない青銅製の極めて保存のよい小群像彫刻。像の表現、とくに立っているレスラーの身体に腐食が多少見られる。2人の裸体の青年がレスリングの試合を行い、1人は敗北寸前の状態で、膝をつき、くず折れている。もう一方の勝利者は相手の右腕を後ろにねじ上げながら、その頭を押さえつけている。コーチ学的には、相手の左足をロックして自分の左足で相手の胴をコントロールしている。また自分の左腕で相手の右腕を決めている。立ち上がって来ないように相手の頭を押さえつけているが、一方のレスラーも自分の足の指を立て、左腕でバランスをとり、反撃の機会を狙っている。この体勢からサーフボード・ホールドに持っていくか、相手のもう一方の腕を取り、腕と肩を決めて腕十字固めの機会をうかがっていると分析する。
勝者は未だ髪の生え揃わない青年で、長い髪の頭に鉢巻をしており、敗者はより粗野な顔をし、髪は短い。類似作との比較から判断して、この作品はエジプト王プトレマイオスの蛮族に対する勝利を象徴するという政治的意味合いを含んだ寓話的作品と考えられるここでエジプトの神ホルスとして表わされたプトレマイオス5世エピファネス(紀元前205〜180年)はマケドニア王朝とエジプト宗教との統一を象徴するとともに、蛮族の敵を打ち負かす者としてとらえられている。この小彫刻は紀元前2世紀初頭nエジプトのアレクサンドリアにたてられた等身大の原作を写
したものと思う。
「3」 106闘うレスラー 青銅 エジプト出土 後期ヘレニズム時代(紀元前2〜1世紀)アテネ国立考古学博物館AIG2548(ティミトリウー・コレクション)
保存状態のよい、中空でない青銅鋳造製の群像。「直立レスリング」の試合を行なっている2人の裸体の運動家を表わした小像である。立っている有髪の運動家は相手の腰をしっかりとつかんで逆さまにし、体ごと持ち上げてその頭を地面
に打ち付けることで勝利を確かなものにしようとしている。コーチ学的には、寝技の状態から持ち上げ自分の肩に相手の臀部を密着させ、自分で相手をコントロールしてマットに叩き落とす。プロレスではルー・デーズ式変形バック・ドロップまたはパワー・ボムという技に行く連続動作の頭から落とす瞬間であると分析する。また相手を自分の上に乗せてカナディアン・バックブリーカーに持っていく。これは背筋力の強い選手で、この彫刻を見ても拝金の盛り上がりは寝技も強者であったと思う。
ギリシアのレリーフ、機能美までも備えたレスラーが、守るにも攻めるにも都合のいい距離から攻防を展開している。「手取り」で攻められた方が、相手の肩に手を当てて動きを封ずる。すでに今日的な技術が完成していたと読める。背筋や腹筋や足の筋肉の発達は寝技も行なっていたと考えられる。この体勢からアマレスの「飛行機投げ」や「両足タックル」や「片足タックル」に相手を崩して入る。また両腕を決めての後ろに投げる「反り投げ」などがあるが、今日のグレコローマン・スタイルの大技である。
相手の首を持って投げる「首投げ」や汗で滑った時の「一本背負い投げ」や「巻投げ」などがあり、返し技として「後ろ投げ」や「かわず掛け」がある。寝技のポジションから相手の両手首を持ち相手に自分の体重を掛け、コントロールしてローリングしてフォールする。
「4」 プロレスの組み手からロープに飛ばして「ハイ・キック」や「ジャンピング・ニ
ーアタック」への移行したのではないかと分析できる。またロープのないレスリングでは技の動作の中で相手を蹴りつけるのに用いた。1種の次の技へのつなぎ技で自分を有利な体制にもって行くために用いたと分析する。
ギリシアのレスリングでのホールドやタックルに関する知識は、大部分が壺に描かれたシーンに基づくものである。壺絵には現実の闘いばかりでなく、神話のなかの神や英雄や獣の闘いも描かれている。芸術家は自分たちの町のパレストラやギムナジウムで、コウシタシーンのインスピレーションを得たのに違いない。壺絵はいろいろな戦術を示している。どの試合にも体重による区別
はなかったから、一番大きな者が勝利者になりがちだった。体重の有利さを保つために、チーズや肉などの高タンパク食が推奨されたが、アリストテレスは少年選手の過食やトレーニングのし過ぎに警告を発している。高タンパク食は少年たちをしなやかさに欠ける不活発な身体にしてしまう、と信じていた。事実、オリンピアの記録に残るすべての少年優勝者のうち、成人の試合でも勝った者はたった2人しかいない。これから察するに、少年選手が成人になるまでこの協議で勝ちつづけることはきわめて稀だったようである。
ギリシアのレリーフは競技者のトレーニング(スタート時のレスラー)重量槍を持つ男性。アテナイのテミストクレスの壁にある大理石のレリーフ、BC51年頃。アテネ国立考古学美術館蔵。
「5」 プロレス技組み手から相手のバックにまわりバック・ドロップへ持っていこうと
力をいれて相手を抜き上げようとしている絵と分析する。
古代ギリシアの絵はウエスト・ロックから相手の後ろにまわり技を掛けようとしているが、相手は腕、頭をふり切り逃げようとしている。BC360〜359年頃
下の絵は古代エジプトのレスリングをする少年たちで、この絵から少年たちは相手の下半身にも手を入れて持ち上げている。(バック・ドロップ、サイド・スープレックス)当時はグレコ・ローマンレスリングというよりもフリー・スタイルレスリングではなかったかと分析する。
「6」 プロレス技の足取りからアキレス腱固め、または足固めへ行こうとする機会を狙
っている連続動作の瞬間の絵であると分析する。
古代ギリシアのパンクラティオン競技で相手を蹴りつけようとしたところを足をつかみ、次の自分の得意技に持ち込もうとしている。絵師エピクテトス2世作、陶工エクレオプラデスの仕事場出土、アテナイ、BC500〜490年。
「7」 プロレス技の足取りから、足首を持って頭をうしろに押しトー・ホールド、また
はボストン・クラブへの移行とする攻防だと分析する。相手はそれを嫌い、相手の足首を持って足を踏み込ませないようにしている。
古代ギリシアのヘラクレスとアントニオスの試合の様子を壺の絵に描いている。BC515〜500年
「8」 プロレス技でグランドの殴り合いから、足四の字固めへ入ろうとする機会を狙っ
て、足四の字固めに入り、拷問技でギブ・アップを取るか連続動作の一瞬であると分析する。
古代ギリシアのパンクラティオン競技者の杯(スキュフォス)の絵で肩をたたいて敗北を認めている。アテナイ、BC6世紀末。
「9」 プロレス技組み手に勝ち、ロープに飛ばしてジャンボ・ラリアートへの移行、ま
たロープのないレスリングではその場から、いきなりジャンボ・ラリアートに移行して行ったと分析する。
古代ギリシアの壺の絵からは、相手の目と目を見ての組み手の攻防である。また自分に有利な体勢を取ろうと相手の手首や肘を掴んだり、差し手争いから相手を持ち上げたりしている試合の絵であると分析する。
「10」 プロレス技組み手からグランド・ヘッドロックへの移行と分析する。組み合った
瞬間、相手は私のウエストに手を回してきたので、頭か相手の肘か腕を引っかけて腰投げに入ろうとした写
真である。
古代ギリシアで右の図はトレイナーがパンクラティオン競技者の練習を指導している絵で互いに相手の顔をフェイス・ロックにとらえ殴ろうとしている。BC480年頃。
左上の図はヘッド・ロックに捉えたが、相手が首や肩に手を回し、攻撃者のすきを伺い、うしろに回ろうとしている。BC425年頃。
左下の図は相手がウエスト・ロックで倒そうとしているところを、腰を入れ相手の肘と腕を掴んでグランド・ヘッドロックにもっていこうとしている攻防である。BC520年頃。
参考文献 「スポーツの歴史」レイモントマ著。「格闘技バイブル」 「新・格闘技バイブル」「格闘技の文化史」松浪健四郎著。
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