| 「3」
貴の浪関の場合
貴の浪関が他の力士と違うトレーニング法をやっていたのか。(鶴田)
私の場合は「しこ」が中心で、相撲式トレーニングが主体であった。霧島関のような、バーベルはしなかった。親父が何も器具を使わないトレーニングが1番身体に力がつくといっていた。重い石を持ち上げたり、大きな木を担いだりの方法がよい。マシンを使ったトレーニング法は、見せかけの綺麗な筋肉になり、すぐ固くなってしまう。また運動範囲が1方向だけで、狭くなってしまう。1番よいのは相撲でつけた自然の筋肉がよい。
経済的価値、名誉、を目指して相撲界に入門したのか。それとも自分自身への挑戦で自分が強くなりたいために入門したのか。(鶴田)
私の場合はこの世界で通用するのか、挑戦みたいな気持ちがあった。経済的価値、名誉だけを目指してやっているのではない。またこの世界で通
用するか、挑戦みたいな気持ちがないと、よい結果にならないと思う。
これをやったから大関になれたとか、また小さい時からやっていたトレーニング法はなにか。(鶴田)
小さい時から爪先で歩く訓練をした。下半身を安定するトレーニングになった。
自分の体力をどう生かして相撲をとるのか。「自分の型を持つ」を持つことが強くなることであるのか。(鶴田)
そうである。私は身体が大きいので得をしているが、小さい人は小さい人なりの「型」を持っている。そうしないと幕内力士としての地位
を維持できない。
内臓を悪くして病気になった時と、立ち直った時の心の変化を聞きたい。(鶴田)
マスコミ、相撲界から非難の声などが聞こえていたので、悔しい面もあり、反発してその人達に貴の浪は強いと言わせるように言い聞かせて、稽古をした。そういう気持ちがないと上にはあがれないだろうし、力も戻ってこない。
「4」 琴の若関の場合
琴の若関は小さい時柔道をやっていて役に立ったことはありますか。(鶴田)
基礎体力がついてよかった。今の新弟子は相撲に入っても、みんな腕立てができないが、私はできた。
経済的価値、名誉、を目指して相撲界に入門したのか。それとも自分自身への挑戦で自分が強くなりたいから入門したのか。(鶴田)
私の場合は嫌々入門させられた。相撲界は厳しく、何度も何度も逃げ出そうと思った。そのたびに、親の顔が浮かんできて頑張ろうと思い、それで頑張ってきた。
相撲は日本の伝統美とか、しきたりが必要だと思うか。(鶴田)
必要であると思う。縦型の社会で厳しいが日本の伝統美、しきたりを守らないと日本の文化として残っていけないと思う。
「5」 若の花の場合
若の花は小さい時から相撲を取っていたのか。(鶴田)
師匠が父親だったので、小さい時から相撲をやっていた。
みんなと同じトレーニングを量的にも、質的にもしていたのか。又は若の花独特のトレーニングがあったのか。(鶴田)
みんなと同じトレーニングをしていても師匠が父親だったので、どうしても反感、偏見で見られてしまう。精神的なことは何もしなかったが、近代的トレーニング法の本を見て筋肉のつけ方、相撲に適した方法で稽古をした。
経済的価値、名誉を目指して相撲界に入門し上にあがってきたのか。それとも自分自身への挑戦で強くなりたいために入門し上にあがってきたのか、または好きで一生懸命やってきたのか、それとも両方なのか。(鶴田)
私は相撲がそれほど好きでもないし、父親が力士だったので相撲しかなかった。
「6」 明大中野中・高校相撲部 武井美男監督の場合
明大中野中・高校相撲部 武井美男監督は次のように語っている。「若の花、貴の花についての印象は、勉強は普通
であったが、弟の方が出来た。兄はやれば出来たが、あんまりやらなかった。性格は弟が真面
目だった。中学時代は太った可愛い子供だった。」中学1年で80〜90キロになり、いったん身体を絞って痩せて、筋肉質に変わってから強くなった。
相撲の素質は弟はあったが、兄は全然なかったし、「しこ」もふめなかった。いったん痩せて70キロになり、それから身体が出来てきて強くなった。性格は明るいからプロの世界に入っても通
用すると思った。2人ともプロに入ると言う気持ちがあったから努力はしたと思う。稽古は中学3年生から高校2年生まで努力した。私としては高い確率で高校、大学に入れたかったが、弟が親父の記録を破いたいという事であった。相撲界では先に入った人が先輩になる。兄貴は高校、大学へ行ってから相撲に入りたかったようだが、一緒に入った。プロになった後のアドバイスは、スケールの大きい相撲を取る、小さく固まらないようになれと指導した。後は病気、怪我をしないように指導した。
冬は筋力トレーニングをやる。1週間に3〜4回トレーニング・ジムでする。中学から重たい重量
を2回位挙げるようにする。負荷をレベル・アップし、筋力を強くする。怪我もしないし、精神的に自信が出てくる。私と話をするときは、1青年としてすごく明るいし、いろんな話もする。私に明治神宮の横綱土俵入りの時、一番いい席に呼んでくれたり、結婚式も2人共呼んでくれた。私が病気の時も親方と横綱夫婦と来てくれ、気を遣ってくれた。マスコミを意識しなければならない時があり、かわいそうだが、人間的にはいい面
をもっている。
エピソードは貴花田が十両になったのが17歳と5ヶ月だった。学校に来たとき稽古を見た。その時封筒を渡し、「みんなでご飯を食べてください」と元気づけてくれた。5万円入っていた。十番という中華料理店で食事をしたとき涙がでるほど嬉しかった。高校2年生の子供が一人前になったからといって、監督みんなで食事してくださいと言う気持ちが嬉しかった。教師冥利に尽きると思う。稽古は監督の私がやめろと言うまでやる。普通
50から60番で稽古をやめるが2人で100番ぐらいとる。プロの相撲取りは30番位
しかやらない。中身も濃いし、数も多い。
中野高校では相撲の練習が終わってから補助運動としてウエイト・トレーニングをやる。筋力の強さがないと、いくらテクニックがあっても(まわしを切る)力がないと通
じない。身体があっても筋力がないと駄目である。太るためには体重1グラムについてタンパク質をどのくらい必要か、栄養学の勉強をする。どういう食生活をすればいいのか。そのためによくプロテイン・ジュースを飲む。エネルゲン、カロリーメイトなど食べる。合宿時は栄養学の先生に食事をチェックしてもらう。夏の合宿時に見てもらってオリンピック選手よりもいい食事をしていると言われた。塩味、味噌味、醤油味、スープ味とかいろんなバリエーションがあり飽きない。「おじや」をしたり、ぶどうを食べたりとかして変える。試合前にも絶対、炭水化物(蜂蜜、バナナ、おむすび、おじや、もち)などを食べる。昔練習をやったが疲労で怪我とか捻挫とか骨折が多かったことを反省して、日曜日は休みにしている。
スポーツは「栄養、運動、休養」が大切である。うちの合宿時は朝6時半に起きて7時から稽古、11時半に終わり、12時から昼食で1時間半ぐらいかかり、2時にかたづけが終わると3〜5時ごろまで昼寝する。すこしウエイト・トレーニングをして7時から夕食をとり、9時には寝る。運動生理学、栄養学などの指導者はしっかり勉強しないとインター・ハイ4連勝はできないと元気づけてくれる。根性とか、何でもいいからやってこいでは勝てない。うさぎ跳びなどは膝に負担がかかりよくない。ダンベルを持ってのスクワットなどそういう運動を取り入れている。「まったなし」の仕切りをやっているがあれは明大中野のトレーニング法である。それによって持久力がつく。3人か4人でそれをやると息が上がり、持久力が鍛えられる。
土俵の周りで見ている人はただ見ているのか。それとも技を盗んでいるのか。(鶴田)
うちは土俵が2つある(中学用、高校用)が集中力がなくならないように配慮している。強いもの同士が交流する。そこで6年間の中、高の一貫教育ができる。それが強い。強いもの同士だから休めない。それもあるが土地が高いから稽古土俵を作れない。ほんとうは50人ぐらいいる部屋は2面
あったほうがよい。
貴の花再び若の花関へのインタビューに戻りたい。
横綱は自分1人だけでストレッチングしている。横綱はつねに自分の進退をいたわっている。1人で入念に30分以上やっている。その方法をチームとしてはしないのか。(鶴田)
それをやるのが自分の自覚であり、強制的にやるのではない。しかし「まわしの切り方」、右四つ、左四つ、上手投げ、下手投げ、全部チームとしてやる。そうするとなぜ「まわしを切る」のかなどがわかる。補助運動もチームとしてやる。そのほうがはるかに運動能力が鍛えられる。個人的にやる力士はみんなでする意味を知らない。ただ周りにいて見ているだけよりも、しこ踏んだり、鉄砲をやったり、ダンベルやったりしながら見ている方がよいと思う。
若の花、貴の花は富士トレーニング・センターに月1万円出して自転車で通
ったことがある。そういう意欲のある力士がいるのか。(鶴田)
部屋にジムがなかったらそういう所に通って鍛える(武蔵川部屋はある)。やっぱり体重ではなくて、格闘技は筋力の強さである。相撲の筋力は瞬間的に締まる筋肉がよい。ボディビルダーみたいな筋肉は何かない。「戦闘竜」という相撲取りは筋力増強剤などを使って大きくなったが駄
目であった。固く柔軟性がなくなってしまう。日所運動でやるのはよいが、バーベルが主体になってその後に補助として相撲の練習では良くない。最大負荷をかけたベンチ・ブレスを1〜2回やらせる。なぜかと言うと相撲で重要な瞬発力がつくからである。
レスリングでは持久力も重要なので重い物と軽い物の2つの種類のベンチ・プレスを行なう。同じ練習時間の中でいかに自分で稽古の最大の効果
を出すか。なにもしていない時間をいかに少なくするか。ただ見ているだけでなにもしていない時間が多く自分のほんとうの練習は20分で終わってしまう。技を覚えるのにまず「型」から入って3分の力でやり、5分の力でやり、全力でやる「スキル」がソ連のコーチが始めたトレーニング法である。技術練習もそんなものはどうだろうか。「綱のぼり」が自然の筋肉がついていいのではないか。体重が重たいから綱のぼりできないのか、腕立て伏せが出来ない力士がいっぱいいる。腕を開いたり、閉じたり、脇を締めたり、柔道式にやったりしないのか。競技力の向上と言うことに対しての知識がない。どこの筋肉をつけるためにはどうしたらよいか、トレーナーの話を聞く必要がある。(鶴田)
「7」 清雲栄純(元ジェフ・ユナイテッド監督)の場合
清雲栄純(元ジェフ・ユナイテッド監督、日本サッカー協会強化委員会、副委員長)
は次のように語っている。私はサッカーをやる前はラグビーをやっており、中学時代は野球、陸上いろんなスポーツをやっていた。なぜサッカーをやるようになったのか。それはサッカーは自分で決断するスポーツであるからだ。もちろんどのスポーツでもすべて自分で判断してプレイをしなければならない。例えば野球、陸上競技、バスケット・ボールすべてがそうだ。しかしサッカーはその最たるものであり、そこにのめり込んでいった。これが私がサッカーを選んだ理由である。
大学は出て古河電工に入り、日本一のスイーパーになった。私はボールを持ってプレイする器用な選手ではなかった。相手を止める選手(ストッパー)に向いていた。体力的にも、メンタル的にも、相手が何処をどう攻めてくるかを読み、ストッパーとしてプレイをした。何処を攻められることを嫌がっているか、どこがウィーク・ポイントか、ストロング・ポイントか、それを判断できる選手でなければならない。それを瞬時のうちに判断するところに魅せられた。スポーツの魅力はグランドに立ち、自分で判断し、相手よりも早く対応することだ。オフェンス、ディフェンスがあるが、私はオフェンスを止める役目である。彼等をどうやって止めるか。それには相手を知ることも必要だし、自分の強さも見せつけなければならない。それにはまず決断が早くならなければならない。私がオフト監督の下でコーチをやり、その中での技術、戦術を考えた。そして決断の早さがプロで、低いのがアマであると思うようになった。
それぞれの選手についての長所、短所を聞きたい。(鶴田)
城選手(21歳)は、若いからまだまだ物足りないところがある。とくにメンタル面
である。いつも平常心でコンスタントにできるようになってもらいたい。彼にはそういうトレーニングをやらせたい。今の若い選手は世界の一流選手の影響を受けているが、自分というものをもっていないと流されてしまう。
キーパーの川口選手は、メンタル面では素晴らしい。あとはこれからの経験である。よい試合経験を積んで、相手の何処を攻めるべきか、何処に来たら怖いか、それを見極める判断力と決断力を養ってもらいたい。それは世界の強いチームと闘うことによって養われていくと思う。高いステージをもっともっと経験すると必ず伸びる選手である。そうすれば今度のワールド・カップもいい成績が残せると思う。
前園選手(22歳)については物足りないことがたくさんある。彼の決断はまだ遅いと思う。キャプテンというのは、チームの要でコンダクターでもある。そのようなキャプテンの能力を身につけて欲しい。今に満足せずに自分がこの局面
だったら、すべてこう対応するというセンスを見につけて欲しい。彼はまだ45分の選手であると思う。90分サッカーの半分のキャプテンである。さらに目を世界に向けるべきだと思う。
学校体育、企業スポーツの世界から抜け出して、コミュニティにもっと根差して、コミュニティの中にトップの選手も、アマの選手もいる。もちろん一般
の子供も大人もいる。そういうクラブにしたい。ドイツのゴールデン・プランのようにプロの選手の横で子供たちがプレイをして交流を図っている。その中から将来プロ選手になりたいとか、コミュニティを発展させたりする人材が育って欲しい。それがJ・リーグが求めている理念である。もちろん将来はいろんなスポーツも入ってくる。子供たちはいろんなスポーツ、プロ・アイスホッケー、プロ・バレー・ボール、プロ・バスケットボールなど楽しみながら、プロの交流できてコミュニティの発展に寄与できる。プロの選手のリトバルスキーと私が話し合った時、「おまえは3回ワールド・カップに出場したが私が今は監督だ。今君はジェフ・ユナイテッドのチームに対してなにができるのかとストレートの質問をした。」日本社会ではまだある程度オブラートに包んでいないとやってはいけないようなところがある。
清雲選手が引退を意識したのはどんな時ですか。(鶴田)
後輩が育った時で、こいつに譲ろうと思って引退を決意した。今の岡田コーチが育った時に譲った。体力の限界ではなく後輩が育って思ったのである。ジェフ・ユナイテッドの理想は日本人のチームにしたいということである。外人は助っ人、コーチも助っ人、しかし将来の10年後は日本人のチームにしたい。まだプロが出来て4年目である。外人に来てもらい勉強をしなければならない。それには3年後、5年後、10年後の目標(ビジョン)をしっかり持っていないといけない。個人能力(パワー)では外人に劣るが、日本人の我慢強さ、チーム・プレイは優れている。オリンピックのブラジル戦のような奇跡も起こせる。
「8」 インタビューのまとめ
日本相撲協会の境川理事長は、大相撲は力強いだけでなく、美しくなければならないという。「相撲道の維持発展と国民の心身の向上に寄与する」ということが寄附行為の中に書いてある。華道や茶道が精神の修養を目的としているように、大相撲も単に勝ち負けを競うだけでない。最近の試合を見ると一瞬相撲が多く、特に大型力士は自分の身体をもてあまし気味で、あっけない試合が多い。もっと稽古をして、攻防のある相撲を取らないと飽きられるのではないか。若い力士には逃げたり、出したりの要領相撲を取っている者も少なくない。しかしこれでは十両どまりに終わってしまう。もっと押す力と、残す力をつけ、その上で技を磨いて、柔よく剛を制す内容のある相撲をしなければならない。
究極的には大相撲も「自然美から技術美、芸術美から人格美」の流れに従うものでなければならないと思う。土俵場での礼儀の大切さ、本場所での紳士的な態度、立ち上がれば死力を尽くす態度、このプロセスを大切にすることによって自然美、技術美の「前景」と芸術美、人格美の「後景」がバランスするのだと思う。勝負が終わったら紳士に戻り、勝った者は負けた者の痛みがわかるような態度が求められ、負けた者も卑劣にならず、堂々とした態度で土俵を去る。これを守ることで土俵の中に美しさが生まれ、力士の心の中まで美しくなっていく。相撲道がつくりあげた「前景」と「後景」の美はこうした美しいものを守っていくことによって創造されると思う。このことはチーム競技のサッカー、そしてプロ、アマを問わずスポーツ一般
についてもいえることだと思う。
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